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蝉時雨

極彩色の、夢

堤防から吹き抜けた潮風に猫はのろのろと目蓋をとじた

(ああ)
(もうすぐ嵐がくるよ)

いつかの思い出はとうに海の底
向き合うにはまだ時間がかかりそうだと空を仰ぐ





(あのとき)
(あの足はどのくらい細かっただろう)

吹き荒れた砂塵に眉をしかめ全力で駆け出すその足は脆く
僕は背負って一直線の道を走った
背後でぶらつく足からキレイなサンダルが抜けて
取りに戻ろうとした時大声がした気がした


(あんなのいらない)
(ずっとこうしていたいよ)


そのまま駆け出して大きな雨粒が顔面にぶち当たって
それでも僕らはなんとも思いやしないのだ
雨があたらない背中もぐっしょり濡れていていつもよりずっと温かかった





(いまどうしているのか)
(きっとあそこらへんにいるんだろうな)

手をかざす
しんとした空から突然嵐がやってきて
心の中をぐしゃぐしゃに乱して唐突に去っていって


ああ
おまえに会いたいよ


駆け出して逃げ出して途方に暮れて涙
ああこんな温かさだった僕もおまえも僕らを取り囲むもの全部
そして水溜りになって泡になって消えていくんだ
こんなやりきれなさも鬱陶しさも温かさも記憶も





(ああ)
(僕はおまえの)


狂おしいほど鮮やかな おまえの夢をみる






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